ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

更新日:2020年01月31日

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近江八幡を愛し、まちづくりに貢献

ヴォーリズの顔写真

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

William Merrell Vories 明治13年-昭和39年

「近江八幡市の名誉市民第一号」

明治38(1905)年、W・M・ヴォーリズは、英語教師として滋賀県商業学校(現在の八幡商業高校)に赴任してきました。そのきっかけとなったのは、21歳の時、カナダのトロントで開かれた海外学生伝道奉仕団大会への参加でした。
コロラド大学を卒業した彼は、米国から単身来日。近江八幡で布教活動に取り組みます。彼の熱心さが一部の人々の反感を買い、2年後には教師をやめることになりますが、その後も近江八幡に住み続け、活動を続けました。
彼は、建築家としての才能も持っていました。近江八幡YMCA会館を手始めに、ヴォーリズが手がけた建築物は国内外に2千にも及びます。「建築物の品格は、人間の人格の如く、その外観よりもむしろ内容にある」と考えるヴォーリズの洋風建築は、どれも実に機能的に優れたものでした。 さらに、彼は製薬会社(近江兄弟社)を設立。その事業で得た資金をもとに結核療養所(現ヴォーリズ記念病院)や近江兄弟社学園、図書館を開設するほか、出版活動にも取り組みました。
昭和16(1941)年、日本国籍を取得、昭和33(1958)年近江八幡市名誉市民第一号となったのち、その6年後、84歳で生涯を終えました。 ヴォーリズによる建築物は、現在、近江八幡市内に20軒余りが現存しています。そのほか、代表的なものでは、大丸大阪心斎橋店や東京山の上ホテル、主婦の友社、関西学院大学、神戸女学院大学、東洋英和女学院などがあげられます。
「八幡は日本の中心であり、世界の中心である」と言い、伝道活動、教育、医療、福祉事業と、あらゆる分野で活躍したヴォーリズ。近江八幡の豊かなまちづくりに貢献した、彼の偉大な功績は、いまも市民によって大切に受け継がれています。
詳しくは、ヴォーリズ委員会のホームページで紹介しています。

ヴォーリズ記念館の外観写真

ヴォーリズ記念館

赴任してきたヴォーリズ(中央の無帽の人)と制服制帽の学生たちの集合写真

英語教師として赴任してきたヴォーリズ(中央の無帽の人)

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