教育長室から

更新日:2020年10月13日

ページID 8757

No.22『ありのままの自分』

令和2年10月13日

令和2年教育長室から

NO.22

『ありのままの自分』

近江八幡市教育長 日岡昇

全国の小中学校は、そのほとんどが6月からのスタートでした。コロナ禍の中、マスクの着用、手洗い・うがい・消毒の励行、家庭での検温、そして登下校時や教育活動での三密の回避を呼びかけ、学校・保護者・地域が一丸となって感染防止に取り組んでいただきました。その結果、本市においては、幸いにも感染した児童・生徒はおりませんでした。ここまで、市民のみなさまのご理解・ご協力本当にありがとうございました。これからもどうかよろしくお願いいたします。

全国的に見てみると、感染した子どもたちがいるのも事実です。その事実に対して周囲からの誹謗・中傷が後を絶たないとお聞きしています。もし本市で感染者が出ても決してそんなことがないことを願っています。たとえ感染しても、近江八幡市は誰もが安心してコロナ感染症と闘っていける、そんな街を市民のみなさまと共に作っていきたいと思っています。

一年のうちでもっとも過ごしやすい季節になりました。これからは、マスク着用等はもちろん、栄養・休養・教養の三つの要素が大切だと考えています。食欲の秋・学習の秋・スポーツの秋です。三つの要素を意識しながら、秋を満喫していただければと思います。

さて先日、『ありのままの自分』という読み物に触れることがありました。

人は誰しも「ありのままの自分」と「見てもらいたい自分」の、二人の自分を持っているようです。自分の弱い部分や苦手な部分を含んでいる「ありのままの自分」を見せたくないため、「見てもらいたい自分」を演技しているそうです。しかしこの作者が少しでもよく見せようと努力していた時、ある人から「あなたはそのままこそが宝石だ」と言われ、人間の価値は、他人と比べてのそれではなく、かけがえのない一人としての不動のものであることに気付かれました。それまで、自分は単なる石ころに過ぎないと思っていた作者は、その人の期待を裏切るまいと、「ありのままの自分」を、より輝く宝石になる努力をされたというお話です。

よく私たちは『本当の自分』という言い方をしますが、ある面が本当の自分で、いつもの自分はうその自分なのでしょうか。この文を初めて読んだとき、この作者のように『ありのままの自分』をさらけ出して生きていくことの大切さに気付かされました。しかしよく考えてみると、ここでいう『見てもらいたい自分』も『石ころの自分』もすべて『自分』なのです。それら全部が『ありのままの自分』であるのではないかと思い直しました。

人は誰もが生まれた瞬間から学習し、いろいろなことを体験しながら成長します。そんな中でいろんな『自分』を経験し、現在の『自分』があります。また人には個性があり、それぞれに育った環境も違います。本市は約8万人の市民が生活されています。つまり、8万種類の個性と環境があります。この地球上には、なんと70億もの個性と環境があります。個性や環境は違って当たり前です。たとえ親子や兄弟姉妹でさえ、環境は同じであっても個性は違います。まず、このことを理解することが大切です。ここまでの学習・体験、それぞれの個性や環境が複雑に絡み合って、『現在の自分』があるのだと思います。その過程で多くの出会いを経験し、『ありのままの自分』の姿が出来上がってくるのではないかと思います。

私たち人間はとても弱い動物です。だからこそ、『見てもらいたい自分』を演技してしまうこともあります。それらを含めてすべて『ありのままの自分』なのです。素直に自分の弱いところを他人に見せる勇気も必要です。勇気を出さなくても安心して見せられ、お互いの弱いところを補い合える近江八幡市民でありたいものです。そしてすべての市民のみなさまが、世界でたった一つの宝石となって輝いていただくことを願っています。

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