豊臣秀次の思い出

更新日:2020年03月18日

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わずか18歳にして近江43万石の領主となった豊臣秀次。自由商業都市としての発展を目指した秀次は、楽市楽座の施行、八幡堀の活用、各地から有力な商人や職人を呼び寄せるなど、あきないの町としての基盤を築きました。

八幡山と八幡山城址

菜の花畑の向こうにそびえる八幡山と八幡山城址のロープウェイの写真

かつて、秀次の居城が築かれた八幡山。現在は石垣のみとなっていますが、ロープウェイで頂上まで登ることができ、町並みや琵琶湖が一望できます。

豊臣秀次(永禄10年~文禄3年)

豊臣秀次の立像の画像

豊臣秀吉の姉・ともの子。八幡山城在城わずか5年で悲運の最期を遂げましたが、まちづくりにかけた彼の情熱は、いまも受け継がれています。

村雲御所瑞龍寺

村雲御所瑞龍寺ン門から歩み出る女性らの写真

八幡山城本丸跡にある日蓮宗唯一の門跡寺院。秀次の菩提を弔うため、彼の生母が創建したもの。昭和37年に京都の村雲からこの地に移されました。

八幡堀

満開の桜の並ぶ八幡堀の石畳を行く人の後ろ姿の写真

かつて湖上交通の要衝だった八幡堀。堀沿いには白壁の土蔵など情緒ある風景が続き、遊歩道を散策することができます。

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